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横浜地方裁判所 昭和46年(ワ)1030号 判決

主文

被告如月康は原告に対し、金一、二八六、〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年五月一四日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告と被告金谷町との間においては原告の負担とし、原告と被告如月康との間においては、原告に生じた費用の二分の一を被告如月康の負担とし、その余は各自の負担とする。

この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

1  被告らは連帯して原告に対し、金一、二八六、〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年五月一四日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  請求原因

一  原告は火災保険代理の業務に従事しているものであるが、昭和四四年三月二七日、横浜市中区小港町一丁目一番地の原告の自宅において、知人である被告如月康から訴外東海観光株式会社振出、被告金谷町裏書にかかる金額一〇〇万円の約束手形(振出日白地、満期昭和四四年六月二〇日、支払場所静岡信用金庫本店)の割引を依頼されたので、同年四月五日金八五万円を右如月に交付し、さらに同年五月七日、右原告住居において、金額五〇万円の約束手形(満期昭和四四年七月一〇日、その他は前記に同じ)の割引を依頼され、同日金三〇万円を、同年五月一四日金一三万六、〇〇〇円を右如月に交付した。

二  ところが、右二通の約束手形は各満期に取引解約後の理由により支払を拒絶され、原告は合計金一二八万六、〇〇〇円の損害を蒙つた。

三  原告は、一〇〇万円の手形割引を依頼された昭和四四年三月二七日、被告如月が、右手形は河川工事代金の支払のために被告金谷町から受領したものであるというので、これを確かめるため被告金谷町役場に電話したところ、町長である訴外五嶋秀次より、右手形は金谷町所有の土地を訴外東海観光株式会社に払下をなし、その代金支払のため被告金谷町が受取つたもので、被告如月に裏書譲渡したのは、右如月が被告金谷町の発注した河川工事の代金支払のために交付したのであり、真正な手形であるとの説明を受けた。

原告は、電話だけでは不安であつたので、被告如月に対し書面による確認をとるよう求めたところ、右如月は同年三月三〇日被告金谷町の町長五嶋秀次作成の確認書を原告に交付し、これには被告金谷町の河川改修工事代金支払のため、右如月に前記手形を交付したものである旨記載されていたので、原告はこれを信じて手形割引に応じたものである。

四  訴外五嶋は、被告如月、被告金谷町の収入役訴外大池省蔵、同助役山田寛司らと共謀して架空の土地払下げ、河川改修工事等をつくり上げ、町議会の決議を経ないで、前記手形の裏書をなし、原告を欺罔したものであるが、右裏書ならびに確認書には金谷町長五嶋秀次として真正な町長の公印を押捺しており、外形上被告金谷町の職務行為とみられるのであるから、被告金谷町は民法第四四条による責任を負うべきであり、被告如月と連帯して原告の損害を賠償する責任がある。

損害金は最終の現金交付日を起算日とし、民法所定年五分の割合による支払を求める。

第三  請求原因に対する答弁

一  被告金谷町の答弁

1  請求原因第一項中、被告金谷町において原告主張の手形に裏書したことは否認する。その余の事実は知らない。

2  同第二項は知らない。

3  同第三項中、昭和四四年三月当時、五嶋秀次が被告町の町長であつたことは認める。その余の事実は知らない。

4  同第四項中、手形の裏書が町長としての職務行為に該当するとの点、収入役および助役と共謀したとの点は否認する。

手形裏書につき町議会の議決のないことは認める。その余は争う。

二  被告如月康の答弁

1  請求原因第一項は認める。

但し、金一〇〇万円の約束手形の割引を依頼したのは昭和四四年三月二八日である。

2  同第二項は認める。

3  同第三項中、被告如月が金一〇〇万円の手形割引を原告に依頼した際、原告に対し、右手形は河川工事代金支払のため受領したものである旨述べたとの事実は否認する。

被告如月が原告主張の日にその主張にかかる確認書を交付したことは認める。

その余の事実は知らない。

4  同第四項中、被告如月が原告主張事実について、訴外五嶋と共謀した事実ならびに原告を欺罔した事実は否認する。その余の事実は知らない。

被告如月は訴外中田幸介を介して、訴外五嶋より本件手形の割引を依頼され、いずれも極めて信用度の高いものであると確信してこれに裏書して原告に割引を依頼したものであるから不法行為上の責任を負うものではない。

第四  被告金谷町の主張

普通地方公共団体においては、その財務会計はすべて地方自治法の規制するものとされ、法令に違反してその事務を処理してはならず、違反した行為は無効とされている(地方自治法第二条第一五、一六項)。

一会計年度における一切の収入、支出はすべて予算に計上することとし(同法第二一〇条)、債務を負担する行為をするにも予算で債務負担行為として定めることが要求されている(同法第二一四条)。

しかも、地方公共団体における支出、収入の命令行為を行う機関と、現金、有価証券の出納保管を行う機関とは厳正に区別され、前者は町長であり、後者は収入役であることも一般的常識的にも明らかなことである(同法第一四九条、第一七〇条、第二三二条)。

さらに、手形の裏書は実質的には手形振出人の責任の保証に当たるもので、「法人に対する政府の財政援助に関する法律」第三条により地方公共団体は保証契約の締結を禁止されていること、手形振出人たる訴外東海観光株式会社の代表者と、受取人たる被告町の代表者が同一であつて、地方自治法第一四二条の法理および商法第二六五条、民法第五七条の趣旨から本件手形の裏書交付は違法である。

以上のことを総合すれば、本件手形の裏書交付が地方公共団体の長の権限に属せず、民法第四四条の「職務ヲ行フニ付キ」という場合に該当しないことが明白である。

仮に右主張が認められないとしても、町長が町有財産の払下代金のために手形を受取り、これをそのまま工事代金支払のために第三者に交付するが如きは、法令上ありえないこと、確実な手形であるとすれば、一私人から月一割の高利で割引くということも不合理であること等からして、原告において訴外五嶋の行為が「職務ヲ行フニ付キ」という場合にあたらないことについて悪意または重大な過失があったというべきであり、これを保護するに値しないものである。

第五  被告金谷町の主張に対する原告の反論

被告金谷町は、町長が手形を裏書交付する権限はないと主張するが、地方公共団体が約束手形を受領することはありうるのであり、その場合はその長の名をもつて手形行為をなす以外にはなく、約束手形の出納保管が収入役の権限であるとしても、その長が手形裏書行為をなす抽象的権限を有することを否定することはできない。

また被告金谷町は、商法第二六五条、民法第五七条等の趣旨からみて原告は保護に値しないと主張するが、原告は被告如月から執拗に手形割引を依頼され、確認書を求め、被告町役場にも電話によつて確認しているのであり、他方被告町は町役場を挙げて不正な手形振出、裏書、銀行借入等の不正行為を行つていたのであるから、原告に前記以上の手段を求めることは不可能である。

なお、原告は本件手形を月五分で割引いたものである。

以上により、原告には何ら過失はない。

第六  証拠(省略)

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